今回は女子プロレスの話です。
『さくらあや』さんは、JAE(ジャパンアクションエンタープライズ)の養成所に通いながら、東京でポートレートモデルの仕事をしていました。彼女は映画のオーディションと練習生募集のオーディションを間違えて女子プロレス団体・スターダムに入門することとなったのですが、今や複数のタイトルを保有する実力を兼ね備えた人気選手となったいます。
その『さくらあや』さんがプロレスラーになった経緯を調べてみようと思います。
さくらあやは俳優を目指していた?
『さくらあや』さんは2020年まではプロレスとは無縁の生活をしていました。当時は、JAE(ジャパンアクションエンタープライズ)の養成所に通いながら、東京でポートレートモデルの仕事をしていたそうです。JAEの養成所を卒業後も、俳優の道に進みたい思いで手当たり次第にオーディションに応募するくらい、俳優への思いは強かったようです。
幼少期からの経緯
5歳(保育園年長組) 空手道場に入れられる
中学生時代 兵庫県大会3位、神戸市の大会で優勝、糸東流の全国大会で2位
高校生時代 空手部に所属し、唯一の女子部員として活動
(卒業まで継続)
大阪芸術大学 演劇を専攻、大衆演劇にハマり俳優の道を目指す
短期大学部
大学に入ってすぐ、東京で舞台のオーディションを受けて合格する
このころは、舞台の勉強と地下アイドル活動のため東京と大阪を往復
する生活を送る
大阪の芸能事務所に入る 芸能の仕事はほとんどなし
24歳の時 大阪の芸能事務所を辞め、ジャパンアクションエンタープライズ
(JAE)の養成所に入り、俳優部を目指していたがアクション部となった
ため退所する
その後 俳優を目指してひたすらオーディション回りをする
と、演劇に興味を持ち始めたきっかけは短大時代にハマった「大衆演劇」を観覧したことのようですね。人って幼いころや学生時代の、体験したこと・観覧したこと・視聴したことなどの影響って強く残るんだなぁって改めて思いました。
さくらあやは映画とプロレスのオーディションを間違えたの?
東京で俳優になるために、オーディション回りをしていた『さくらあや』さんですが、「Number WEB」の記事によるとその時の気持ちが描かれています。
「周りは結婚して、子供も産んでいる。このまま何もせずでいいのかなあ、と。オーディションの応募を1日何件ってノルマ決めてやっていたら『プロレスラーを演じられる女優募集』というのが目に入ったんです。なんかその応募のリンクが切れていて、スターダムの公式サイトからやったら、間違って『練習生募集』に応募していた。オーディションの時も気づかず、『合格』って言われて『うれしい! 映画出られる』って思ってました」
さくらは素直に喜んでいた。
「合格したその日、スターダムの試合を見に行くことになった。一緒にオーディションを受けたHANAKOに、私が『映画のこと何も言われなかったね』と言っても、なぜか話がかみ合わない。『映画って何?』って。そこで間違いに初めて気づくんです」
「試合見たら、打撃の『バコーン』という音や受け身の音がすごくて。アクションってカメラにかぶればよくて当てないからびっくりして。さっきすごくほめてもらったので、『間違えました』とは言えなくて……。それでとりあえず練習に行くんですね。自分たちの時は、基礎の筋トレが認められてから実技に上がれる。9時30分から12時、週5で毎日筋トレでした。その後に出社したら、体が痛くてパソコン打てない。練習は部活みたいで楽しかったです。今まで女子がいない環境が多かったので」
けれど仕事とプロレスを「両立できるかな」「将来の方向性として合っているのか」と感じた。「自分の中に迷いができて」さくらは2回練習を休んだ。
「初めて会場の物販を手伝っていたら、ある社員さんから『すごいポテンシャルのある子が入ったって聞いたよ』と言われた。『それはHANAKOのことで自分じゃないです』って答えたら『学プロの子もだけど、別にもう一人いい子が入ったって聞いたんだよ』って」
自身の公式Xでポストしているように、一緒にオーディションを受けたHANAKOと会話が合わないところから間違えたと気付いたようですね。それにしても『さくらあや』さんはオーディションを間違えたと気付いてからでもプロレスを辞めれたのに、辞めずにプロレスの世界に入ったのはなぜなんでしょうか?
その時の『さくらあや』さんは
『こんなことは私にはできない、そもそも受けようと思っていたオーディションではないし』……さくらは葛藤した。しかし『やってみてダメだったら、そのときに考えよう』と腹を括った。
と、すぐには辞めるという決断をせず、「やってみる」という決断をしています。
人は人生の中でいろんな選択を迫れれる場面に遭遇します。『さくらあや』さんは「やってみる」という選択をしたことで自分の居どころを見つけることが出来たのです。だからこそプロレスラーとしてのやっていくため必死に努力をして、今日の『さくらあや』が存在するのではないでしょうか。
記事引用はすべてNumber WEBより:https://number.bunshun.jp/articles/-/867559
プロレスラー『さくらあや』の活躍
<スターダム入門からプロデビュー、現在の活躍まで>
入門 ~3ヵ月目 ほぼ筋トレの日々
3ヵ月目~4ヵ月目 実技
4ヵ月目 プロテストを受け、見事合格
2023年2月17日 デビュー戦決定
2023年3月25日 横浜武道館、ジュリアを相手にデビュー戦に臨みます。結果は敗戦。
対戦後、ジュリアからの心に響く言葉に感銘を受ける。
2023年7月 腰のケガ
2024年3月10日 ケガから復帰
2025年3月19日 センダイガールズプロレスリング(仙女)のビッグマッチでChi Chi
の持つワールドジュニア王座に挑戦。ジャーマンスープレックス
ホールドで勝利し、初戴冠を果たした。
デビューしてからわずか約2年半で、タイトルを取るまでに成長した『さくらあや』さんには驚かされます。ここまでこれたのは、幼少期の空手の実績・JAE養成所での実績、そしてスターダム入門してからの想像を絶する努力があったからではないでしょうか。
まとめ
今、女子プロレスの人気はどれほどなんでしょうか。テレビ放送も私が小学生くらいの頃はやってた記憶がありますが、今は地上波テレビで放送されることはほとんどありません。『さくらあや』さんのような実力を兼ね備えた特色のある女子プロレスラーがたくさん出てくることは、観る側にとってもワクワクするもので、もう一度テレビで観たい気持ちになります。大きなケガなく長く活躍されることを期待しています。


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